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八木沢に居る僧侶です。徒然なるままに(*^_^*)

40過ぎて秋田を離れ独り京都大阪へ。僧侶となり、八木沢へAターンした男のつぶやき。

「寂しい」 「孤独」って感じること、今、すごく幸せなことなのかもしれない。

ついに

達するところへ来たのでしょうか?www

朝、トイレに立ち雪に覆い尽くされた窓を

薄暗い明かりに照らされた廊下を

歩きながら、ふと思いました。

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※薄暗いと・・・・ちょっと画像には・・・・wあえて日中の写真です。

 

afun7.com

lightworking.mobi

「いのち」を生かされているものとして

阿弥陀様も、親鸞聖人も、亡き両親も

先の見えぬ未来のように、実は

目の前に居るのであろう。

本願心 お念仏・・・・・・・・

感じられたとしても・・・・・

「生きている」現在、見えない。

 

でも「さびしい」と思う時

それを意識できる。

 

寂しさを解消しようとしたら

いろんな手段がある。

 

友達と

家族と

恋人と

とにかく人のいるところに行く

電話

ネット(SNS)

趣味、すきなことに没頭

 

などなど

 

今の私は、SNSで助かっている。

でもそれだけでは寂しい

 

でも周りが賑やかでも

便利でも、大事な存在がそばに居ても

寂しい時は寂しい

 

寂しさを紛らわしてくれる「存在」が

いるにもかかわらず

人間は、いつか「煩わしい」と

いう気持ちが芽生えるときがある。

 

思うように、行動、経過がいかなくなったとき

寂しさ 空しさが襲ってくる。

 

それよりなら・・・・・・・・・

 

もしかしたら今の「寂しさ」は幸せなのかもしれない。

 

どんなことでも感動、喜び、歓喜が訪れてくれる

悲しみに対する忍耐が身についてくる

人のつらさ、寂しさが良く分かるようになる。

 

寂しさを好む人はいないかもしれないけども

孤独を好む人は、よくいるようである。

 

孤独は確かに自由な時間が増えるし、煩わしさもない

寂しさと表裏一体ではあるが、時間の経過とともに

慣れ、うまく付き合えるようになる。

 

「孤独」に関してはまだまだ素人だwww

 

嫌いではないが・・・・・・いざ、こうなると

なにかが欲しい。

 

なんだろう・・・・・?

 

頼れる人、友人、知人、SNS友達・・・・・・

 

たくさんいてくれるのでありがたい。

 

親?妻?子供?・・・・・そこまでも必要はない

 

簡単に言ったら気楽な「パートナー」かな?

 

ほどよく「孤独」ほどよく「功徳」ほどよく「満足」

 

功徳をこういうふうに使うと怒られるかもしれませんが

お許しください。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

 

孤独という寂しい環境の中で

御縁を見つめることで

自分にとっても

相手にとっても

功徳となり

互いに満足な時を刻むための

キッカケを生み

そこからまた「新しい出逢いの御縁」

をいただくことができる

 

先は見えない、見たくもなかった私ですが

 

いつか死ぬなら

 

先を見つくしてから往生したいですね。

 

寂しさ 孤独 は

 

そのスタートなのかもしれません。

 

今が、その時。

 

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今に うなずけない こころが さびしいだけなんです。

 

今を 受け止め 受け入れ 見つめ 仲良くしましょう(*^_^*)

 

自分にも言い聞かせつつwww

 

徒然なるままに・・・・・・。

 

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