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八木沢に居る僧侶です。徒然なるままに(*^_^*)

40過ぎて秋田を離れ独り京都大阪へ。僧侶となり、八木沢へAターンした男のつぶやき。

「頼む」「頼まれる」は有りでも「頼まれにいく」というニュアンスには違和感があります。

依頼というのもいろいろな形がありますよね?

どうしても助けてもらいたいときは

人にでも、道具にでも、機械にでも

「頼む」「お願いする」

ものではないかと思います。

 

私は、わりと「お願いする」のは苦手な方です。

まず、自分で出来るだけのことをやりたいからかもしれません。

 

昨シーズンから何回か、除雪用トラクターでも

ロータリー除雪機でも、雪にはまり、動けなくなったことが何回かありました。

 

そこで、すぐ助けをお願いすれば、楽なのかもしれませんが

「まず!やってみよう」

と、悪戦苦闘しますw

 

夜中、早朝とかなら、まして人など呼べません。

 

でも、その悪戦苦闘の中から「知恵」が生まれるのです。

いわゆる「学習」ですねw

 

しかしながら「あきらめが肝心」なことも何度か、ありました。

そんなときは、自分では、どうにもならないのです。

 

そして、人を呼んで一緒に考えます。

すると、良い脱出方法が見つかったりするんです。

 

自分の固定観念、脱出の瞬間です。

 

これは、どんな場面・事柄にも当てはまると思います。

 

「頼む」ということに戻りますが

「頼む」ということは「頼まれる」ほうも存在することです。

 

私自身、仕事柄「頼まれる」ことはよくあります。

でも何でもかんでも「はいはい、わかりました」とは言いません。

まず

  • できるかどうか?
  • 予定はどうだったか?
  • 期限はいつまでなのか?
  • 天候に左右されるのか?
  • 一人で出来るのか?
  • 危険はないか?
  • 疲れていて、無理・負担はかからないか?

など、できるだけ時間をかけないうちに

判断し、返答するようにしています。

 

とにかく相手に失礼や、不快感をできるだけ感じさせない様に

心掛けています。

 

私のそういう想いを理解してくれて

依頼してくれる人もいるし

「迷惑かける・・・・」

「申し訳ないから・・・・」

「自分でできるから・・・・」

と、遠慮する人もいます。

 

でも、そういう方には

「声掛け」します。

 

最近は、自分の担当する除雪が結構ハードなので

思うように巡回や声掛けが、できていませんが

とにかく、顔見たら、家の前通ったら

一日一回、無理なら二日に一回

可能な限り

集落の皆さんと、顔を合わせられるようにしています。

 

ただ、勘違いしてほしくないのは

「頼まれる」ことを

「頼まれにくる」「頼まれにまわる」

とは区別しています。

 

声掛けはして「頼まれ」たら、御手伝いします。

「頼まれる」ために巡回しているわけではありません。

 

微妙なニュアンスですがwww

 

私は

「ボランティア」でも「便利屋」でもありません。

 

「頼まれにくる」と言う感覚の人は

「~させてやる」という感覚かと思います。

 

そういう人には残念ながら

ことばに「感謝」「ありがとう」がみつからない気がします。

「こころ」が感じられない場合があります。

 

「感謝」「ありがとう」「こころ」

のために活動しているわけでもないですが

「感謝」「ありがとう」をいただけたらなあと

今、ここにいるのです。

 

「させてやる」はそれが「あたりまえ」になってしまいます。

「召使い」ではないのですからそこは、気をつけてもらいたいと思います。

 

まあ、この集落には

そんな人がいないので、ありがたいことなのです。

 

話しは少し変わりますが

よく「他力本願」という言葉、耳にされますよね?

 

「他力本願」とは「人任せにする」という意味ではありません。

 

「他力本願」の誤解と、本当の意味とは? | 親鸞聖人と浄土真宗の入門サイト|1から分かる親鸞聖人と浄土真宗

 

以下、引用です。

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「他力」とは、他人の力を略して「他力」というと思っている人が多いと思います。
実は、「他力」の語源は、仏教にあるのです。
仏教で「他力」とはどんな意味か、わかりますと、他力本願の意味もわかります。

では、仏教で他力とはどんな意味なのでしょうか。親鸞聖人はこう書かれています。

「他力」と言うは如来の本願力なり。(教行信証

如来とは、ここでは、阿弥陀如来のことです。

如来の本願力とは、阿弥陀如来の本願力のことで、
これを他力とも、他力本願ともいいます。

他力 = 阿弥陀如来の本願力

それが今日では他人に依存することを他力本願といわれるようになりました。

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dictionary.goo.ne.jp

 

他力本願・・・・・・・・・・・・・

まさしくそのままの毎日です。

見えないところで動き

見えた時には驚きもアリ

残念なこともアリ

時には喜びもアリ

いつのまにか悲しさになっていたこともアリ

 

人生いろいろですね。

 

 

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生きることは練習でもある。

失敗も受け身、成功も受け身すべて自分の基本になりますから。

 

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「お願い」で思いついた唄・・・・・・

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この唄の歌詞が好きです。

たまに唄っていましたwww

♪風に向かって走るんだ

どんなつらいことがあっても

幸せへと1歩ずつ

すすんでいこう♪

 

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徒然なるままに。