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八木沢に居る僧侶です。徒然なるままに(*^_^*)

40過ぎて秋田を離れ独り京都大阪へ。僧侶となり、八木沢へAターンした男のつぶやき。

おぼれるものは わらをも つかむ おごれるものは われがと いばる

ふと思い出しました。

kotowaza-allguide.com

よく、高校時代に英語の先生が使用したことわざです。

A drowning man will catch at a straw.

「人は困窮して万策尽きたとき、

まったく頼りにならないものにまで必死にすがろうとする」

 

いままで何度、万策尽きたことか・・・・・・

何度か経験し

気付いたことがあります。

一番、頼りにならなかったのは自分自身だったと。

全く頼りにならない自分自身に必死にすがっていました。

 

そこで、ふと想った言葉(オリジナルです)が

 

おごれるものは われがと いばる

We are praying for things 
being treated.

 

結局のところ

kotowaza-allguide.com

ということなんですよね。

「思い上がった振る舞いをする者は長く栄えることはなく、

いずれ滅びるというたとえ。」

 

父を早くに亡くし

母から育てられ

その母から聞いたことを

「大人の世界」

とインプットし

その後、母の急死・・・・。

 

数人を除き、他人は当てにはならない。

親類だって決して頼ってはいけない

自分を信じて

自信を持って生きなければ・・・

 

そういうベースでスタートしました。

そこからすでにつまづいていたのです。

 

おごり=自信という錯覚に陥ってしまった

自分を信じたこと

 

ブログに何度か書いているので

くりかえしになりますね。

 

その後は、もう、いくところまで行くしかありませんでした。

 

結局は、なにもなくなり

新しくまたスタートし

今に至るわけです。

 

そんな自分を、当然、自信もってアピールできるわけありませんし

ブログに書けるようなことでもないかもしれません。

 

ゆえに今は

 

  • プライド
  • 自信
  • 比較
  • 見栄
  • 粋がる
  • かたくなになる

 

そんな気持ちは封印・・・というか・・・静観しています。

 

ただし

 

  • 想いを言う
  • 疑問はぶつける
  • 相手を尊重する
  • 人の話を納得いくまで聞く
  • 単なる「いいなり」にはならない
  • 違和感は解消されるまで追求する

 

ことは大事にしています。

なぜなら

 

自分が一番信用できないから

 

です。

 

だから今

自分が藁にでもすがりたいという気持ちを

理解してくれ、支えてくれる人が欲しい・・・・・

まさしく藁にすがっています(笑)(笑)

 

でも、今年に入って

良い出逢いがありました。

 

まあ、結婚というわけでもなく

大事な生涯のパートナー見つけたいなあと

考えてはいますが

 

まず、

 

  • 話を聞いてくれる人
  • 話を聞かせてくれる人

 

これは年上だろうと、年下だろうと

先輩だろうと、後輩だろうと

お金が、あろうとなかろうと(あっ・・・関係ないことをwww)

いろんな御縁、出逢いをしていきたいなあと

想っています。

 

私は、人を見る目はありません。

でも、自分なりの尺度で

人を見ます。

あてにはなりませんが(笑)

 

でも、昔とはかわったなと思います。

 

おごりたかぶった自分は、

まわりのおごりたかぶったものが見えなくなるんです。

 

でも、かなしみ、つらさ、くるしみ、さびしさを

見つめている自分(自分で言うことではないかもですがw)は

いろいろ見えるんです。

そこは、うまくいえませんが。

 

自分との周波数の合致度が把握できます。

昔と違い「都合」「利用」「打算」「身勝手」で見ないからです。

 

まあ、あいかわらずの自分ですから

自信はありませんが(笑)

 

でも、いくら御縁があっても

出逢いがあっても

 

相手が私を

「都合」「利用」「打算」「身勝手」で見るならば

うまく行かないと思います。

 

その感覚が、とくにこの八木沢に居ると

研ぎ澄まされたものになります。敏感になります。

 

ただし大事なのは

今の私の立場で

 

おごらず

いばらず

みくださず

わがものとおもわず

 

ですかね?

 

若いうち

いや人生いつも

どこでも・・・錯覚する可能性は、あると思います。

 

もうすでにおおきな錯覚を終了した(笑)私には

ぴったりの場所です。

 

錯覚に陥った場所には、ときには戻りたくなるものです。

私にとっては生まれ故郷の場所ですかね?

 

錯覚に陥った場所・・・・・

最近実感した現実があるのですが

自分のことではないので言及しません。

 

 

同様に、錯覚に気付き、あらたに育ててもらった場所にも

ときには戻りたくなるのものです。

京都、大阪茨木ですね。

 

どちらにも優しく包み込んでくれる居場所があります。

 

錯覚に陥った場所には

私には酸いも甘いもありました。

 

でも、錯覚に陥りやすい場所には

自らがきついからこそ、反面

過剰な「甘さ」があるものです。

そこに気付かなければなりません。

 

そこから「うぬぼれ」が生まれるのです。

 

おごり

うぬぼれ

過剰なほど、身に着けていた私が

 

仏教の中で、八木沢の自然の中で

暮らせるのも

 

そんないままでの人生があったからです。

 

まあ、こんなこと書いていること自体

「うぬぼれ」

かもしれませんね(笑)

 

そこを心底

わかっているかどうか?も大事なんでしょうか?

もしかしたら。

 

強く

堅実に

計画的に

思い通りに

 

生きていけない私ですが

 

気ままに

楽しく

御縁とともに

そのままに

 

すごせていけたらいいですね。

出逢いながら。

 

徒然なるままに。

 

このドラマ・・・知ってますか?

大好きなドラマです。

よろしければご覧に逢ってみてください。

YOUTUBEで見られます。

www.youtube.com

 

このドラマの主題歌です。

大阪茨木ではカラオケで唄っていましたよ!

www.youtube.com