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八木沢に居る僧侶です。徒然なるままに(*^_^*)

40過ぎて秋田を離れ独り京都大阪へ。僧侶となり、八木沢へAターンした男のつぶやき。

「いてくれると助かる」と「いてくれないと困る」のちがい・・・・・・・。

ふと、キーワード的に思いつきました。

この二つは同じようで違うよな・・・・・・・と。

 

いてくれると助かる=ありがとう、感謝

 

いてくれないと困る=あたりまえ、当然

 

かな?と。

 

決めつけるようなものでもないですが

そんな感じがします。

 

八木沢では、ありがたいことに

いてくれると助かる

たまにいないと とじね(寂しい)

と、言われています。

 

まさしく、「僧侶」として

法事も葬式もしておらずとも

まあ・・・・個人としてでも

こういう言葉をいただくのが

いちばんありがたいことです。

 

今の立場で・・・・・

少しでも長く居住できるようにしたいものです。

 

いてくれないと困る

 

これは、会社や組織、コミュニティでよく感じることですよね。

 

自分の存在を意識する時も思い浮かぶことです。

 

いないと困るだろうなあ~

 

と。

 

でも・・・・・・・・

それは錯覚です。

 

広大な、宇宙、自然の中では

人間の世界は小さいものです。

 

その中での「自分」の存在なんて

見えないくらい小さいものです。

 

そんなものの代わりなんてたくさんいます。

 

「自分が居ないと・・・」なんてうぬぼれです!

 

と・・・・断定できるものではないですが・・・・

 

確かに「存在」をしっかり意識している関係

家族、恋人、などなど

では大切です。

 

でも・・・・・

いつかは別れがあります。

 

会社でも「いてくれないと困る」はありますよね。

でも・・・・どうにかなるものです。

そんなもんです。

 

御縁はとどまらないものです。

 

時間とともに流れて行くのです。

 

同じ毎日でも昨日とは違う

同じ状況で顔を合わせても、毎日、時は流れます。

 

一人で、過ごしていても

八木沢では

顔を合わせなくても

気にかけてくれています。

 

大阪茨木でも

FBを通じて、気にかけてくれている

人がいるかもしれません。

 

全国、海外へつながっている私です。

 

お会いしたこと無くても

「いてくれると助かる」

と思われていたのなら

大変ありがたいことですよね。

 

そんなとき「自分」が

「いてくれないと困るだろう」

と想ってはいけないのです。

 

それは「御縁」ある方々が決めることです。

 

御縁が途切れた時・・・・・永眠の時なんです。

 

正直、「生きる」ことに今は希望はありません。

 

自尊心を満足するために

過去へ戻るのはどうかと思います。

最近、そう感じる出来事がありました。

自分のことではないので、これ以上は控えますが。

 

でも「生かされている」ことを南無阿弥陀仏を通じ

阿弥陀様からいただいている身である以上

「御縁」の中で、大事に過ごさなければいけないのです。

希望を探す「時の旅」は、まだまだ続くようです。

もう50歳ですが・・・・・(笑)

 

徒然なるままに。

 

いますぐできる何かを

まっすぐに胸に問いかけて

いまはじめないか

 

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限界まで限界まで あきらめない

 

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