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八木沢に居る僧侶です。徒然なるままに(*^_^*)

40過ぎて秋田を離れ独り京都大阪へ。僧侶となり、八木沢へAターンした男のつぶやき。

「努力」ということばについて

一般に言われる努力って嫌いです

でも、自分なりによくよく思案してみました。

「他力」と同様、捉え方が違うんではないかと。

 

「努力」とは

努力 - Wikipedia

 

「目標に到達するために邁進すること」

確かに大事なことです。

でも、違和感がありました。

それよりも大事なものがあるのではないかと。

 

 

余計なこと言わずに一生懸命やれ!・・・・・

やってもいないくせに・・・・

と・・・声が聞こえそうですが(笑)

 

「他力」とは

前にもブログに載せたことあるのですが

 

dictionary.goo.ne.jp

 

「他人の力」ではなく「仏様からの御加護の力、御縁」です。

 

対して

 

「自力」とは

 

dictionary.goo.ne.jp

 

自分ひとりの力

自分の力で修行すること

 

 

ですよね。

 

 

まずは分解してみます。

 

「努」

 

kotobank.jp

私が思うに

「けっして、かならず・・・・」というのが

当てはめやすいような気がします。

夢と混同した使用法も

昔は されていたようですね。

 

 

「力」とは

 

dictionary.goo.ne.jp

 

これは、幅が広い言葉ですからね。

 

今回は

「物事をするときに助けとなるもの。助力。」

ということでしょうかね?

 

 

さて、本題に入ります。

 

一般的に考えられているのは

 

「努力=自力」かと思います。

 

その通りです。

自らの力で道を切り開く

大事なことです。

 

でも「自らの道」ってなんでしょう?

 

そこには自分だけしか居ないのでしょうか?

 

自分だけ良ければいいのでしょうか?

 

努力して勝ち、突き進むだけでいいのでしょうか?

 

そんな感覚で何度も失敗した私です。

 

それで、どんどん成功していく人はいるかもしれません。

羨ましい限りです。素晴しいことだと思います。

 

でも、もしそれで周りを不幸やどん底に叩き込んでいたのなら

きっと、いつかは滅んでいく・・・・未来で絶えるかと思います。

 

そこで思ったのが

 

「努力=他力」ではないかと・・・・・・。

 

けっして裏切ることのない仏の力を受け入れ、創意工夫、思案しながら

御縁を大事に、大事に過ごしていく

 

感謝とありがとうの気持ちを抱えながら、

どんな「気持ち」が湧きあがってこようと

それを見つめ

今、自分に必要なことを

しっかりと選択できるように

行動していく

 

のが、「努力」「一生懸命」なのではないかと思うようになりました。

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いろんな気持ちが湧きあがってきます。

不安、不満、寂しさ、怒り、悲しみ、喜び・・・・・・・

 

でも常に、

「こんな自分」を一番にしない様にしています。

 

「そんな自分」はいただいているものなのですから。

 

それを感じられるのが

 

本当の「他力本願」であり

「努力」なのではないのかなと

思っています。

 

努力もその人その人に

すでに与えられているものなのです。

「私がやったんだからあなたもできる もっと努力しなさい」

たしかにそうかもしれません。

でも

「努力」も「人生」もみんな違うものだと思います。

 

私も、わずかばかりでしたが・・・

感謝されたこともあり

たくさん・・・・いろいろな人に申し訳ないこと、迷惑をかけました。

 

相手に対し

自分に対し

たくさんの

「 あいつ のせいで・・・・・・・」ということもありました。

 

でも、

そんな自分に気付き

 

迷惑かけた、かけられた人

 区別なく感謝する

「あいつ」がいてくれたから

「今」があることに感謝する。

 

そんな人生が

真宗」であり

何度も言っていますが

それ自体が皆に与えられた

「仏法」「仏教」なのですから。

 

でも、

 

それを「知る」「悟る」のは

 

なかなか難しいものですね・・・・・・・・・。

 

徒然なるままに。

 

つかみとることを描いて

幸せへと一歩ずつ

進んでいこう

 

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