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八木沢に居る僧侶です。徒然なるままに(*^_^*)

40過ぎて秋田を離れ独り京都大阪へ。僧侶となり、八木沢へAターンした男のつぶやき。

3・11 東日本大震災 あの日 東本願寺にて

fukko.yahoo.co.jp

2011年 3月11日 東日本大震災

あの日私は 

 

京都市 大谷専修学院 修了 及び 大谷派教師伝達式

のため

東本願寺に居ました。

 

同期生約80名と、解放感と寂しさの中

粛々と時は流れていました。

 

午後2時46分 東日本大震災 発生

 

地震発生直後だったのでしょうか?

東本願寺の建物が揺れ

全体にきしむ音が鳴り響きました。

地震だというのは明白でしたが

 

「逃げなくていいのか?」

 

というぐらいの揺れだったことは覚えています。

 

その後、京都市山科の寮へ帰り

いつもの銭湯へ。

そこでまず見ました。

 

津波が住宅地、水田、車、人を呑みこんでいく

映像を・・・・・。

 

「なに?これは・・・・・」

 

京都市は、揺れは小さいようで

ただ東本願寺は、あの大きさです。

敏感に震動をひろったのでしょう。

 

とにかく、想像できませんでした。

でも太平洋側での未曾有の大災害とはいえ

日本海側の秋田県、元妻、子供たちが心配です。

・・・・・・無事のようでした。

 

でも・・・・・・・

助からず亡くなった

御家族を亡くした

あらゆるものを失った方がほとんどだったのではないかと思います。

 

原子力発電所もさらに被害を拡大させ、復旧に妨げになっている

最大の要因ではないかと思います。

 

被災者となられた方々の御心、私からしたら

想像を絶するものかと思います。

 

でも、悲しみの、苦しみも御縁とはいえ

大きすぎます。

 

 

皆さんから多大なる恩恵・御縁・支援

のありがたさ

 

風評被害の現実

 

被災地の復旧の遅延

 

など、6年経ったとはいえまだまだ先は長いかもしれません。

 

正直、何もしていない私です。

でも、忘れずいつも応援しています。

少ししかしてません。ごめんなさい。

 

でも、いのちあっての今です。

応援できることは一つずつでも

小さなことでも

行なっていきたいと思っています。

 

被災された皆さんの「こころ」

地域

御縁が

一日でも早く復興されますように。

 

 

合掌。

 

 

 

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